社長経歴
お客様と一緒に感動する仕事をしたい。
そう思い続けることが私たちの存在価値です。
(代)太田研一 履歴書
- 生年月日
- 1957年4月6日
- 1962年4月
- 水島慈愛幼稚園入園
好奇心のかたまりのわんぱくな子供でした。 - 1964年4月
- 倉敷市立第四福田小学校入学
理科が好きなちょっと変わった子供でした。 - 1970年4月
- 倉敷市立水島中学校入学
ブラスバンド部で頑張りました。 - 1973年4月
- 国立津山工業高等専門学校入学
文化祭で電気科の展示ブースを企画。後輩との共同作業の醍醐味を味わう。 国立高専のしくみと講義内容に強い疑問を感じ、 図書館で専門を独学しながら急遽民間企業人の仲間入りを希望。 - 1978年4月
- OG技研株式会社入社(医療機器製造販売)
福岡営業所へ営業として配属。約6年医療機器の営業・サービスを経験する。 赴任早々ディーラに裏切られ営業の難しさを知る。 一方技術系出身者としての強い危機感からマイコンの勉強をスタートし、Z80のアセンブリ言語をマスター。 世界初のEpson24dot漢字プリンタを個人購入してドライバソフトを作成する。 - 1984年9月
- 名古屋営業所へ転勤。
約半年、医療機器の営業・サービスを経験。販売ノウハウや顧客指向の地域格差を痛感する。技術者として生きていくつもりが、こんなはずではなかったと大きな挫折を味わっていたところ、奇跡的な転属依頼を勝ち取る。 - 1985年4月
- OG技研株式会社本社技術課へ転勤。
約5年、医療機器のマイコン化を推進。 フロンティア精神を発揮し、納得のいく仕事を通じて、はじめてまわりから認められる結果が出せた。 - 1989年4月
- OG技研株式会社本社開発部へ転属し、引き続き設計業務に従事。
若手の指導に当たる傍ら、新規マイコンの採用とソフト設計手法の社内規定を確立。 特許戦略の教育を受けその方面に興味を示す。 主に、リハビリテーション用筋力測定器の新規開発を手掛ける。 また、FM音源の演奏エンジンをワンチップマイコン向けに開発。 時代は感性に訴える商品開発が求められている。 との勝手な解釈で作曲にまで手を染めたのでまわりから非難を浴びる。 但し、これは後に商品へ搭載という形でおおいに報われることになる。 - 1995年4月
- OG技研株式会社本社開発部でプロジェクトリーダー・企画関連業務に従事。 主に、低周波治療機関連の企画開発プロジェクトを率いる。
サブテーマとして遠赤外線の新製品企画を立ち上げ、発売に漕ぎ着ける。 市場調査、カタログ・取り扱い説明書作成、PL対応、 営業マン教育、販促資料作成、等商品開発全般を経験できたことは非常に大きな宝となる。
通産省発明表彰受賞。 - 1996年4月
- 岡山県ベンチャー育成事業「ヤングエジソン」一期生の顧問を2年間勤める。
- 1997年4月
- インターネット、イントラネットの社内構築の雑用を引き受ける。 NECからの取材に応じ同社のホームページに掲載される。
- 1998年4月
- 勤続20年表彰受賞。
- 1998年5月末
- OG技研株式会社退社。
- 1998年6月1日
- ケニックシステムを個人創業。